カウンセラーの対談

第38回 「発達障害のおはなし」 山登敬之氏、青山カウンセラー対談 <第3回>

山登敬之氏 プロフィール

山登敬之氏精神科医、医学博士。1957年東京都生まれ。筑波大学大学院博士課程医学研究科修了。
専門は児童青年期の精神保健。

国立小児病院精神科、かわいクリニックなどに勤務した後、2004年に東京えびすさまクリニックを開院。ハートコンシェルジュ顧問。著書に「拒食症と過食症」(講談社現代新書)、「芝居半分、病気半分」(紀伊國屋書店)、「パパの色鉛筆」、「子どものミカタ」(日本評論社)、「新版・子どもの精神科」(ちくま文庫)、「母が認知症になってから考えたこと」(講談社)、「世界一やさしい精神科の本」(斎藤環との共著・河出文庫)ほか。

 

■発達障害から「発達マイノリティ」へ

山登先生(以下 山登):今回のお話の第一回目で、発達障害は「上手にできない人たち」って説明をしましたが、自分で言っといてなんだけど、これ言われる方は面白くないだろうなあと思う。発達障害の診断も、みんなよりできないところや、みんなと違うころを特徴として拾って、それがひとまとまりになったら「○○障害」と呼ぼうって約束事でできあがってるしね。

青山カウンセラー(以下 青山):できる方が「健常者」と…。

山登:呼称の問題にしても、「非定型発達」なんて言い方は、その他大勢の発達を「定型」とみなしたうえでの「非定型」だから。
ほかにも「発達凸凹」とかね、発達のバランスが悪い、発達の仕方に凸凹があるというところから、こう呼んじゃどうかって医者もいる。『発達障害の子どもたち』(講談社現代新書)がベストセラーになった杉山登志郎先生なんだけど、先生は続編の『発達障害のいま』(同)で「発達障害=発達凸凹+適応障害」って式を出してきてる。発達の特性、凸凹があるだけでは障害じゃない、それがもとで社会適応がうまくいかなくなってはじめて「発達障害」と、そういう意味ですね。

これはもう、おおせの通りなんですが、当事者にしてみれば「非」とか「デコボコ」とか入ってたら、ちょっと…ね。

青山:気持ちよくないですよね。

山登:そこで、できるできないとか、みんなと違うとかいう物差しはやめて、数が多い少ないで考えたらってことで、「発達マイノリティ」じゃどうかと。

青山:それ先生が?

山登:うん。最初は例の『ビッグイシュー』の連載(本対談第37回参照)の中で提案して、東田(直樹)くんからも、なかなかいいんじゃないのって言ってもらえたんだけど、でも、あとから調べたら、じつは僕より先に似たようなこと言ってる精神科医がいたのね(注)。「発達的マイノリティ」って、「的」が入ってるけどね(笑)

青山:そうなんですか。でも、いいですよ、「発達マイノリティ」! 何かうまくいかなかった時とかあったら、「わたし今、発達マイノリティだから」なんて、流行っちゃいそうな感じですね(笑)

山登:それはない! 流行ってほしいけど(笑)
この「マイノリティ」は「少数派」でいいじゃないかとか言う人もいたけど、おわかりだと思いますが、この言葉の由来は「セクシャル・マイノリティ」からの連想でね。気持ち的には、その他のマイノリティの思想や活動にも連帯しよう、と。

青山:なるほど。

山登:あと、ちょっとカタカナ入れておいた方が。ほら、日本人はカタカナやアルファベットに弱いから、アスペルガーやADHDみたいに、すぐ普及するんじゃないか、なんて(笑)

青山:そうですね、響きもちょっとカワイイ感じありますよね。

山登:まとめると、こういうことですね。
まず、いわゆる発達障害の人たちは生物学的に発達の仕方に特徴がある。すなわち、発達の仕方においてマイノリティ(少数派)である。
ところが、世の中はマジョリティ仕様にできている。だから、発達マイノリティは社会的に不便をこうむる、不自由を感じる。いっぽう、マイノリティの人たちは社会的に区別されるのを嫌う。
そうであれば、マイノリティの人たちには配慮(思いやり、社会的サービス)が必要である。マジョリティは人道的にマイノリティに対して親切であるべきである。

青山:そうですね。

山登:まあ、こういう単純な話にしたらどうでしょうという提案ですね。

青山:すごく受け入れやすいと思います。当事者の方もそうでしょうし、家族も含めて。

(注)「近年、PDD(広汎性発達障害)を、病的な症候を持った障害、ないしは正常な機能の欠落した障害と見るよりも、特殊な発達の道筋(発達的マイノリティ)をたどりながら発育してきた者として考える見解が多くなっている」
広沢正孝『成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群~社会に生きる彼らの精神行動特性』(医学書院、2010年)

■子育てとコミュニケーション

山登:青山さんは、いま子育て真っ最中でしょう。

青山:そうですね。

山登:「うちの子、ちゃんと育ってるかしら?」みたいな心配や、あるいはコミュニケーションってことで言えばご家族からの応援とか、実感としてどうですか?

青山:そうですね、やはり私が仕事をしていることもあるので、自分だけで向き合っているよりもなるべく多くの人に関わってもらって育てる方が、私自身はありがたく、よかったなというところもあって。でも…。

山登:もともと子どもっていうのは社会が育てるもんだっていうけど、その子どもにとっての社会が、いまは幼稚園や学校のような用意された制度の中にしかないでしょう。昔は学校以外にも子どもの社会があったわけですよ。

青山:そうですね。地域の共同体が、もう昔のような形ではないですからね。

山登:どんな場所にも大人の目が光ってて。

青山:なので、例えば、近所で遊んでいて子どもが飛び出した時に「こら!ダメだよ、ちゃんとママの手を持ってなきゃ!」とか言ってくれる人がいると「ありがたい!!」と本当に思うんです。時と場所によっては、私がいうよりも誰かに言われた方が効き目ありますし、次に同じ道を通った時に「おじちゃんに怒られちゃったね」とか子どもは覚えているので、そういう経験って絶対あった方がいいでしょうし。

山登:だけど、そういうちょっとしたことが、最近は言い難くなってきちゃったよね。 親に逆ギレされたらやだな、とか。

青山:そうそう、「放っておいてください!」とかいう人もいるかもしれないですからね。なので、私自身も子どもを持ってみてから、周りの親や子どもをよく見るようになりましたね。自分だったら、よその子どもでも「どうしたの?何があったの?」と入っていくこともありますし、順番待たない子には「順番待とうね?」と。

「発達障害のおはなし」 山登敬之氏、青山カウンセラー対談

山登:それで、その子の親に何か言われたりして気まずくなった経験はないですか?

青山:今のところはないですけど、親どうしで話した時に、例えば、子どもがお店でおもちゃを欲しくて見ていたら、それを邪魔する子どもが現れて「ダメ、ダメ、ダメ!」って…

山登:意地悪な…

青山:意地悪がずっと終わらなくて、そのおうちの子が大泣きし始めて、邪魔してる子のお母さんは「すみません!すみません」って代わりに謝るだけで、子どもは一向にやめない。で、その状況に「注意すべきか、そのままにしておくべきか」、相手のお母さんがそのままにしておくからこっちは「やめてね!」とも言いづらくとか…

山登:言っていいでしょ、それ! 言いましょうよ。

青山:(笑)まあ、ちゃんと入っていく元気なお母さんもいますけどね。よそのママでも叱ってくれる、そういう出会いがないと固まりますね。そうじゃないと、「なるべくあの店には行かないようにしよう」とか…。

山登:ああ、そういう風になっちゃうんだ。

青山:こう、…孤立していきますよね。

山登:だから、その孤立化ですよ、孤立化。発達障害ブームの裏に子育て不安があり、そこにはお母さんの孤立化があり。母と子の、というかね。

青山:もうちょっと本当に…ここまで核家族化が進んじゃうとしょうがないんですけど…。

山登:でも、そういうところにも全部、行政とか民間とかで金をかけてかなきゃならない時代ってことでしょう。

青山:ねえ、お薬の方ばかりにお金がかかってしまうのではなく…

山登:そうですよ。医療費ばかり膨らんでしまうんでは困るのであって、発達障害以前に、基本はコミュニティや教育の問題なんだから、そっち方面に金が回るようにしないとね。発達障害の子どもの療育とか心理相談も大事だけど、子育て相談みたいな事業をもっと広く展開できたらいいと思いますけど。

青山:そうですね、ハートコンシェルジュでももっとやっていきたいですね。

山登:社長にちょっとお願いしてみて(笑)

青山:子育てを大事にしたい社長ですからね。新しいビジョンが広がりそうですね。長い時間ありがとうございました。

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