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カウンセラーの対談「第13回斎藤環氏、山登敬之氏、新倉、向後カウンセラー座談会<第3回>」

第13回斎藤環氏、山登敬之氏、新倉、向後カウンセラー座談会<第3回>

斎藤環氏 プロフィール

斎藤環氏 1961年、岩手県生まれ。1990年、筑波大学医学専門学群環境生態学卒業。医学博士。

現在、爽風会佐々木病院精神科診療部長(1987年より勤務)。また,青少年健康センターで「実践的ひきこもり講座」ならびに「ひきこもり家族会」を主宰。専門は思春期・青年期の精神病理、および病跡学。著書に 「文脈病」(青土社)、「社会的ひきこもり」(PHP研究所)、「戦闘美少女の精神分析」(太田出版)、「『社会的うつ病』の治し方」(新潮社)、「キャラクター精神分析」(筑摩書房)。

 

山登敬之氏 プロフィール

山登敬之氏精神科医、医学博士。1957年東京都生まれ。筑波大学大学院博士課程医学研究科修了。
専門は児童青年期の精神保健。

国立小児病院精神科、かわいクリニックなどに勤務した後、2004年に東京えびすさまクリニックを開院。ハートコンシェルジュ顧問。著書に「拒食症と過食症」(講談社現代新書)、「芝居半分、病気半分」(紀伊國屋書店)、「パパの色鉛筆」(日本評論社)、「新版・子どもの精神科」(ちくま文庫)ほか。

 

座談会第3回

向後カウンセラー(以下 向後):あとひきこもり・・・僕は斎藤先生の本を読んだのは最初はひきこもりの本。最近年齢あがっていますよね?

斎藤環(以下 斎藤)どんどん上がっていますよね。50代もちらほら出始めているし、40代は全然珍しくなくなりましたね。

向後:今後どうなっちゃうのかと?

斎藤:いや、もうずっと前から「2030年問題」って言っていますけれど、まず年金が破たんするでしょ。だって彼らは年金もらえるんですから。なぜか?親が自分の年金で彼らの分を払っているから。

新倉:あっ、そういうことなんですか?

斎藤:そうです、もらう資格はあるんです、恐ろしいことに。

新倉カウンセラー(以下 新倉):就労していなくて年金がもらえる?

斎藤:そうです、所得税を一銭も払っていないのに受給資格のある人々が少なく見積もっても数万人は突然出現するわけです、2030年には。ご存じの通り年金の財源の半分くらいは税金ですから、保険料を払ったとはいえフリーライダーに近い。だから間違いなくバッシングを受けるでしょう。

向後:恐ろしいですねー。

斎藤:恐ろしいですね。ずっとこれは言っているんですけどね、あんまり真面目に取り上げてもらえていない。

新倉:そうですね、あんまりそういう情報はメディアから入ってきませんね。

斎藤:でも、間違いなくこれは起こるんですよ。ある日突然、ひきこもりが急に働き出すとか、そんなことでもあれば別ですけれど・・・(苦笑)でもそれはまあ夢物語ですね。さらに彼らの平均寿命は、ホームレスなどよりは確実に長い。

新倉:そうですね、長年ひきこもっているから安全な環境下で生活をしているので、事故に巻き込まれるリスクは低いと思いますし、栄養面や衛生面がいいから病気にはなりにくいでしょうし、でも、就労することはまずないでしょうね。

斎藤:ないですよ、彼らはサバイバルのために、年金を受給するでしょう。当然の権利ですから。さもなくば生活保護か。弱者を大切にと言うのは簡単ですけど、ひきこもり高齢者のために福祉財政が破綻の危機にさらされたら、きれい事ばかりも言ってられなくなります。

向後:そりゃ、そうでしょうね。

新倉:誰が手続きをするのでしょうかね?

斎藤:下手すると親が手続きしちゃいますよ。90歳近くなった親が、息子の年金をお願いしますって申請に来るでしょう。まぁ全員が受給するとは限らなくて、何割かはずるずると孤独死コースでしょうけれど。若い頃は自暴自棄になることはあるけれど、年を取ったらさすがに自暴自棄は続きませんから。エネルギーがいりますから自暴自棄は。

新倉:本の中に日本はホームレス、若者のホームレスが少ないのは、ひきこもっている家があるからだと、ひきこもりが出来る環境が整っているからだという話がありましたよね。例えば今ひきこもっている人達の親御さんがいずれ亡くなると、彼らの行く末はどうなってしまうのでしょう?今は親が色々と彼らのお世話をしているわけですが、その親がいなくなってしまったらどうするんだろうか?

斎藤:それこそ一番多いのは、残念ながら孤独死とかホームレス化しかないですよね、多分。昔、私が言っていたのは家庭内ホームレスが増えると。

新倉:家庭内ホームレス?

斎藤:家はあるけど、公共料金を払いにいけないし、納税もできない。ガスも水道も電気も止められて、自宅の中でホームレス同然の生活をしながら、段々孤独死に向かっていくというイメージです。

新倉:社会的なシステムがわかっていない?

斎藤:分かっていても怖くて利用できないんです。他人から批判されることが怖いんです、恐ろしいんです。おまけにブランクが長すぎて、うまく喋れなかったりするから余計に。 自分は公共サービスを利用する資格がないと思い込んでいて、権利を主張するとふくろだたきにされるんじゃないかと非現実的な恐怖をもっている。それでも何割かの人は必死で出ていこうとするでしょうけど、60過ぎての社会参加はなかなか難しいんではないかと思いますね。

向後:結構早めに外に出るようアクションしていかないと。

斎藤:それは積極的に勧めています。とにかく役所と銀行にはできるだけ連れていくようにしましょうとか。あと親の死後をにらんだライフプランを専門家に相談しておくようにとかですね。割り切った親御さんの中には、ワンルームを買い与えて、むこう30年間は年に100万円は援助する、あとは年金で、という枠をきっちり決められる人もいます。むしろここまで割り切れれば就労につながりやすくなる。でも、親の側の子離れができていないと、せっかくアパートに移ったのに朝晩食事運んだりするんですよ。もう何をやっているのかと思うんですけどね。

新倉:しげしげと会いにいっちゃうんですね、折角別れたのに。

斎藤:家から出すんだったら、お金だけの関係にしましょうと。ただし、絶対に連絡をたたないことは必須条件です。親がお金だしてあげるんですから、そこはフェアーにいきましょうと。でも、無計画な単身生活の場合、出先のアパートでひきこもってしまう最悪のケースもありますね。単身生活してもらうなら、半ば自立したとみなしてもらう覚悟でやっていただかないと意味がないですよね。

向後:ずるずると食事運んじゃうっていうケースはよくありますよね。

斎藤:そこは自分でやらせなきゃダメです、はい。

向後:あともう10年選手とかいるじゃないですか、

斎藤:10年どころか(笑)30年位、私が大学院時代から診ている患者さんも何人かいますよ。もう20年以上診ているということです。

向後:いゃ、凄いなー。

斎藤:治せなかったってことですからね。自慢できるようなことじゃないですね。(苦笑)

一同:

向後:10年間ずーとどこへも出したことがない人などは、もう強制的に出さなきゃダメなんじゃないかと思います。

斎藤:それに関して言うと、一番最近の例でいうと津波ですね。ニュースになりましたけど、津波で家が壊れてしぶしぶ出てきたという40代男性のケース。避難所で助けあって暮らしている。出るとこに出れば頑張れるんですよ。びっくりしたのはね、何例か聞きましたけど、ひきこもっている人たちはほぼ例外なく逃げようとしないんですって。

新倉:えっ?生命の危機を感じず、そこに居留まろうとするのですか?

斎藤:部屋に帰ろうとするんですって、危ないとわかっているのにね。
その子の場合は、家の二階にいたので辛うじて助かったらしいんですけれど、救助されて避難所で集団生活に入っていった。もうひとつ、これは悲惨な例ですけど、家族が寝たきりの病気になってしまった。危篤で苦しんでいる姿を見るに見かねて殺しちゃったというケース。警察に自首して捕まるわけですけれど、刑務所に服役したら社会性が回復したというケースがあります。

新倉:集団生活をしかも強制的にさせられる形になったわけですね。

斎藤:しかも本人が納得する形でです。

向後:どういう風に納得したのですか?

斎藤:いや、犯罪を犯したのだから刑務所はしょうがないと・・・法的な必然性があります。なんらかの必然性をもってはじめられた集団生活をすると彼らは回復するんですが、そういう機会ってねらってつくれるものじゃないので難しい。

向後:強制的に拉致しちゃうとか。

斎藤:徴兵制とかいいっていう人がいるんですけれど、それは日本の他に一国ひきこもり大国があるんですが・・・

新倉:ああ、韓国ですね

斎藤:はい、韓国は徴兵制ありますよね。というかまだ戦時下ですからあそこは。だから兵役にいかなければならない。で、帰ってきてからひきこもっちゃう。

新倉:え、兵役へ行くのは行くんですか?で、戻ってきてからひきこもってしまうの?

斎藤:戻ってきた人がみんなじゃないですけれど、戻ってきた人の中からひきこもる人が出てくるそうです。兵役も強制的な奉仕活動もひきこもり防止には全然役立たないことは、もう国を挙げての実験で立証済みなのです。

向後:確か、儒教的な文化として日本と韓国が突出しているわけですよね。

斎藤:共通点は儒教文化圏の中でなおかつ近代化がもっとも進んでいるところでおこるということだと思います。日本と韓国の他に香港とか台湾でも起こりはじめていると聞きますし、これから中国の富裕な地域でも起こってくると思います。つまりある種の家族主義がいまもあって、自立のために家から子供を出すという意識が乏しい地域ですよね。家から出て一人前という価値観とは違って、親元にとどまって親孝行して一人前という価値観だと、まぁ子供を出しませんよね。適応すればいい子なんでしょうけれど、不適応事例はひきこもりになってしまう。わかりやすい構造だと思いますね。

向後:ひきこもりに向いている人というのはあんまりないんだと書かれていますね。

斎藤:心の底からひきこもりを楽しめる人はいないですよね。

向後:

斎藤:重要なポイントです。不登校問題というのがかつてあったわけです。不登校が病気か否か、治療すべきか否かという論争です。これは非常に政治的な闘争でした。なぜこの問題がおこったのかと言うと、80年代に戸塚ヨットスクール事件があって、「登校拒否」や「家庭内暴力」といった言葉が広く知られるようになりました。ちょうどほぼ同時期に奥地圭子さんの東京シューレができるわけです。フリースクール派とスパルタ派がいたとすると、この両者が対立しながら、えんえんと不登校の子どもを再登校させるべきか否かという不毛な論争がなされてきた。実際には互いに批判の応酬をするだけの平行線でしたが。これは完全に政治的闘争で、そこに治療の要素は全然入っていないわけです。何ごとであれ政治化してしまって一番困るのは、なんのスキルも蓄積されないわけですよ。不登校にどう治療的に向き合うかという技術がおざなりになってしまった。一方では「登校を強制せよ」だし、一方では「好きにさせて放っておけばいい」だしね。

向後:「べき論」になってしまう。

斎藤:そう、「べき論」になってしまう。本当に、客観的な知見が蓄積されないので、未だに不登校をめぐっては、まとまった見解も統一された対応もなされない。専門家も闘争につかれて無関心になってしまって、これは本当に最悪です。小中学生だけでも12万人以上いるわけですが、対応は学校ごとにまちまちですね。発達障害がブームになった現在は、さらに状況が悪化している。信じられないことに「不登校はほとんど発達障害の問題」と主張する専門家すらいるのです。そうなると不登校児は特別支援学級へという流れが出来てしまうわけで、かつてよりも危険な状況になりかねない。
話を戻すと、不登校をめぐるイデオロギー闘争がひきこもりに持ち込まれているわけです。上の世代の精神科医の間では、全共闘崩れが幅を利かせていて、彼らは「あの稲村博」の門下生である私のようなけしからん精神科医が、善良なひきこもり青年たちを拉致監禁して矯正しようとしていると批判し続けています。まあ確かに稲村博氏は「不登校は無気力症になる」と発言して大問題になった方ではありますが(笑)。
その弟子とは言え私自身は、むしろ長田百合子らをはじめとする拉致監禁タイプの「支援」に対して、一貫して強く批判し続けているんですけど、なにごとも党派的に見たい人達は、稲村の弟子だから稲村と同じ考えなんだろうとしか思わないわけですね。
ところが彼らは、「ひきこもれ」と言っているわけですよね、恐ろしいことに。徹底してひきこもったら、いずれ帰ってくるんだという、まったく根拠が無いことを提唱して、一部の母親に受けている。おめでたい以上に危険です。そこを批判すると、またすごく怒って反発してくると言う、非常に不毛な状況がありますね。

向後:徹底的にひきこもれですか。

斎藤:ひきこもりは間違っていないと。病気ですらないと。むしろ意志的に選択された正しい行動だから、専門家ごときが邪魔しちゃいかんみたいなことを言うわけですよね。不登校はまだいいんです。不登校は、不適切な登校刺激で潰されるとか、いろいろ問題はあったので、一旦十分に休養させる期間があっていい。適応指導教室とか教育センターとか、社会資源も豊富にありますし。
でも、ひきこもりに関して言えば、なにもしなければ、おそらくなにも変わらないわけですよ。彼らは本当に10年、20年選手を見たことがあるのかいうくらい脳天気なんです。10年たったひきこもりは、第三者の介入でもなければびくともしません。

向後:根が生えてしまう

斎藤:根が生えちゃう。放っておけば、それこそ、そのまま高齢者になるわけですけど、そういう人に向かって、「やがて帰ってくる」といい続けられる彼らの神経の太さには、ほとほと感心しますけれどもねぇ。無責任もはなはだしい。正解は「無理に働かせる」でも「放置する」でもなくて、どうすれば彼らが元気になるか、どうすれば自信と幸福感を取り戻せるか、その方向にある。
イデオロギーの押し付けではなく、関わりながらともに方向性を模索するという意味での「治療」や「支援」は必要です。どうしても政治的主張をしたいなら、むしろ「人間は社会参加する必要はないし、政府は彼らの生活を無条件に支援すべきだ」というところまで言い切って欲しい。そこまで筋を通すのなら彼らの「イデオロギー」を認めてもいいです。賛同はしませんけれど。
幸い、彼らの影響力はどんどん弱まっています。昨年厚労省が「ひきこもりガイドライン」を出しましたよね。彼らは本来なら、あれを徹底批判すべきだったんですよ。だって、実質的に病気扱いしているんですよ。ひきこもりは、その大半が発達障害を含む精神障害であり、治療を要すると宣言しているのです。どうしても政治的にふるまいたいのなら、あれをこそ徹底批判すべきなのですけれど、政府ではなく相変わらず私みたいな小物をたたくことばかり考えている。

向後:6ヶ月ぐらい休養するということが先生の本の中に書かれていましたね。

斎藤:なんでも治せと言うことではなくて、要するに合目的的なひきこもりというものが一部あるわけですよ。青色発光ダイオードの中村修二さんをよく例に出しますけど、中村さんはちょうど半年間こもって物理の勉強に打ち込んだ時期があってあの成果を生み出した。だからひきこもることがイコール病気、イコール悪ではない。当たり前です。でも、こもりっぱなしで安心と思われても困る。ひきこもるのは自由だけれど、こじらせたら厄介である、という話です。たったこれだけのことが、大変わかりずらいらしいんですね。やっぱり世間は「こもったらいかん」か、「こもっても大丈夫」という、わかりやすい理解を求めます。

向後:結構、ずるずるずるずると長引かしちゃっているケースというのが多いように思いますが。

斎藤:私の統計でも、受診までに要する平均期間は約6年です。6年は曖昧に放っておかれてしまう。世間体もあるでしょうけれど。

新倉:でも初診時の年齢は20代以降ですよね?

斎藤:もう思春期ではないはずなんですけど、あいにくこもってしまうと時間は止まりますので、本人の考え方はずっと思春期のままだったりもします。

向後:6年経って出てくると言うのは、何か起こしちゃうからですか?

斎藤:いや、平均ですから。たまたま、そういうテレビを見て不安になったとかですね。メディアの力が一番大きい。ひきこもり自体には、緊急性がなく、治療しなければ明日死んでしまうというわけではないので、ついつい放っておいてしまう。これはいかんと思うきっかけは、やはりメディアなんですよ。新聞記事で見ましたとか・・・。
私のところに来るのは、ほとんどそれですよね。テレビでやっていたので、心配になってきましたとか。私がマスコミを積極的に利用しているのは、ニーズは常に掘り起こしていないとまずいと考えるからです。普通に考えても、治療の開始は若いうちが望ましい。若いというだけで、いろいろ希望が持てます。10代だったら、まだいろんな社会資源が利用できます。20-30代の人も、まだ利用できる窓口は多いし、就労の可能性もありえます。でも40代ともなると、若者向けの就労サポートも利用できませんからけっこう大変です。それでも就労に成功した事例がありますから、「何歳だからもう無理」ということは言えないんですけどね。

新倉:どのくらいひきこもっていたのですか?

斎藤:40歳代となると、もう30年位ですね。

新倉:30年ぐらいひきこもって就労できた・・と。

向後:どうやって、できたのですか?

斎藤:やっぱり、デイケア利用ですね。私の病院では、ひきこもり専門のデイケアをやっていまして、そこに1年ぐらい参加してもらって、人間関係を体験してもらう。そうすると、それなりに自信がつくようで、じゃあ、そろそろ仕事したいと自分から言い出したんです。

向後:それは、すばらしいですね。

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