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役に立つ心理学コラム「正義?の名の下の暴力」

正義?の名の下の暴力

アメリカのベイエリアには、「ベイスポ」という無料の(日本の)芸能・スポーツ紙があります。「ベイスポ」は、日本の芸能・スポーツ紙の記事を週1回編集しているものなのですが、芸能界好きのミーハーな私にとっては、ありがたいものでした。おかげで、留学中サンフランシスコに住みながら「ミッチーVSサッチーのバトル」、「ゴージャス?な叶姉妹」等の当時の旬な話題に遅れることなくついていく事ができましたし、「モー娘」が何人になったのかも知っていました。芸能ネタを知るばかりではなく、「ベイスポ」には、例えば、日本人向けのワークショップの案内を掲載してもらったりして、とてもお世話になりました。

・・・と、いうわけで、私は「ベイスポ」のファンだったのですが、いくつかの記事に私は不満を覚えました。そのひとつが、広末涼子さんに関する記事です。わたしは、この手の芸能・スポーツ紙には、多少の毒があってもいいとは思うのですが、広末さんに対する記事は、少々その許容範囲を越えているように思われました。

広末さんに対する悪意のある(と思われる)記事が出始めたのは、彼女が早稲田大学を受ける事を決意した後の事です。私は、彼女が早稲田にいくのなら、机を並べる学生達はウレシイだろうなぁーくらいに思っていたのですが、「ベイスポ」の記事(元は、他の日本の新聞記事)には、最初から、彼女の早稲田進学を喜ばない雰囲気がありました。簡単に言ってしまえば、「ちゃらちゃらした芸能人が超エリート校の早稲田に行こうなんていうのはおこがましい」というようなものだったように思います。最初のうちそうした気配は行間に読まれるくらいでしたが、早稲田受験が近づくに従い、その報道は過熱していきました。

その頃の記事によれば、ある早稲田のOBの発言として、広末さんが入学する様なら、「伝統ある早稲田も、もうこれでおしまいだ」あるいは「ライバル校慶応に決定的に差をつけられてしまう」というコメントが出ていました。このコメントが本当に早稲田OBから発せられたものかは知りませんが、私は、実に不快でした。「なにを言うか!」と思うのです。いいじゃあないですか、色々な個性の人が大学で勉強するのは。それに、早稲田に入学し、勉強しようというのは、広末さん個人の意思であり自分の責任範囲の中で行った行為であり、公正な審査の下その合格を決めるのは大学側であり、他人がとやかく言う問題ではないのです。そして、そんな異様な雰囲気の中、無事合格した広末さんは、立派だったと思います。

こうした報道姿勢の中には、人の意思決定という個人的な部分にまで、ずけずけと土足で入り込もうとする横暴さがありますし、もし前述の発言が本当にOBから発せられたものであるのならば、それは前々回お伝えした、自分の特権意識を守り、自分達の価値観以外のものを排除しようとするグループ意識への過剰な依存があると思われます。
さらにそこには、そうしたグループ依存を正当化する「(自分達と違うものを)批判すれば、かっこいい」という意識があります。彼らは、けっして自分が傷つかない形で、広末さんという弱い立場の人を批判しているのです。さらに言えば、彼らの姿勢の影には最初から、「広末さんをいじめる」という意志があり、理由はなんでもよかったのではないかとも思われます。

日本に帰ってきてから、電車での通勤時に、つり革広告を見るようになりました。つり革広告は、ちょうどよい通勤時のたいくつしのぎになり、私の楽しみのひとつなのですが、この中でも、残念ながら悪意のある中傷記事が目につきます。

例えば、「新庄が覚えた英語はHow you doing?」、「羽野晶紀が(和泉家で禁止されている)車の運転」等、実にどうでもよい記事が、しかも大のオトナが読む雑誌や新聞の見出しとして載っています。だいたい、「How are you?」は知っていても、「How you doing?」という口語的な言い回しを知っていた人なんて、新庄の帰国会見に出席した取材陣の中に何人いたのでしょう?
また、羽野晶紀さんの記事については、「だから、なんなんだ?」と聞きたいです。これらの記事は、常識人の視点を通した批判や評論の形をとっていますが、要は悪意のある中傷であります。それらは、最初から「中傷する」意思があり、理由はとってつけたものなのです。

そして、最初から中傷や人を陥れる目的があるのに、常識や正義の名のもとに、もっともらしい批判や論評をする姿勢は、なにも芸能界に対してのみ行われているわけではありません。かつての外務省の鈴木宗男氏に対する、機密メモの意図的なリーク等がそのよい例でしょう。
鈴木氏は、確かにとんでもない事をいろいろされた様ですし、私自身は、鈴木氏を支持する気持ちはまったく無いのですが、外務省の節操の無い態度には、不快感を覚えました。外務省から機密メモがリークしだしたのは、鈴木氏が世間やマスコミから批判され、もはや「力」を失いつつあり、すなわち外務省にメリットが無い事が明らかになってからの事です。つまり、機密メモのリークは、正義を守るという意志からなされたのではなく、「自分達(外務省)の利益を守る事」を第1儀とし、その利益に反するものは追い落とすという企みを最初からもった行為であり、けっしてほめられたものではないのです。

このパターンは、実は、鈴木氏と対立関係にあった田中前外相の追い落とし時にも使われた手法で、田中氏批判から、鈴木氏批判への外務省の手のひら返しには、倫理的には、なんの一貫性も感じる事はできません。そこにあるのは、自らの保身のみで、じゃまものあるいは、もはや不要となったものは、容赦なく排除するという姿勢です。

こうしたオトナの態度が、子供達に悪影響を与えているのは間違いありません。子供達は、「これでいいんだ」と思うでしょう。そして、そうしたオトナの態度が、例えばいじめの蔓延のひとつの要因になっていると、私は思います。

いじめの中核には、自分達の価値観(グループ意識)に少しでも反するものについては、容赦の無い批判中傷が加えられるというダイナミックスがあります。そしていじめる側の(悪意のある)態度は、自分達の常識やルールという錦の御旗の下に保護されますし、時には善意や正義の仮面の下にいじめが行われたりします。これは、まさにオトナ達が、前述した広末涼子さんや、新庄選手や、羽野晶紀さんや、田中真紀子氏や、鈴木宗男氏に対して行ってきた事と同じものなのです。
こうしたオトナ達の「正義や常識(単に自分達の立場を守るといった意味の見せかけの正義や常識なのですが)の名の下に行われる暴力」が、次の世代の人達に与える影響は計り知れないものがあると思います。

現代は、残念ながら(まわりを見回して、自分の安全を確保しながら、グループの価値観に反しない範囲で)批判するのが、当たり前のようになされています。しかし、本来批判というものは、グループの中で孤立する事も辞さない態度をどこかに持っているべきものでしょう。そうした潔さのない批判は、何かをなしえたとしても、現状維持を強化するだけのものであり、何かをポジティブな方向に変えていく力の無い事を知るべきです。そんな腰抜けの批判中傷より、もっと人の良い所を見つけて褒めましょう。そうすれば、もう少し多様化した、住みやすい、明るい世の中になると思うのですが。


(向後善之)

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