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役に立つ心理学コラム「同じ視線で−3(傾聴する、質問する)」

同じ視線で−3(傾聴する、質問する)

セラピストの最も重要な仕事のひとつは、クライアントの訴えを聞くという事です。ただ聞くだけではなく、前回お話したように、クライアントの見ている世界を共感的に理解するために、同じ視線で話を聞くといった姿勢が必要です。

以前、精神病的な症状を持ち、その発症前から不登校の問題をかかえているティーンエイジャーのCさんという女性クライアントを担当しました。彼女はアメリカ人です。彼女の精神病的症状のもっとも特徴的だったのは、幻聴(きこえるはずのない音や声が聞こえる)と幻視(見えるはずのないものが見える)でした。彼女は、私が担当する少し前に事故死した兄の姿をよく見ると言います。また、蛍光灯・テレビ・ラジオ等から、宇宙からのメッセージ(「あいつは悪魔だ」等)が聞こえると言うのです。

彼女の情緒は不安定で、また彼女の語る話は、あちこち脱線してまとまりがなく、私は、彼女とのセッションが長くなるであろう事を覚悟しました。彼女の様に妄想の傾向がある時「それが妄想である」と指摘するやり方もあるのですが、最近では、多くのセラピストが、少なくとも最初のうちは、「まず話を聞く」という立場をとります。話をクライアントの視線で聞く事により、クライアントの見ている世界を理解しようとするのです。

私も、このクライアントのセッションの進め方として、まずは「傾聴する」という態度で接する事にしました。彼女の話の中で、最も多く登場したのは、彼女が飼っていた金魚の話です。彼女は金魚と話ができると言います。金魚にはそれぞれ名前がついています。最も大きな金魚はファティー、一番ちいさな金魚はベス、そして元気なロイ等々、彼女の語る金魚の世界は、個性的でバラエティに富んでいます。そして、それぞれの金魚が彼女の身近な人達及び、彼女自身の人格を示している事は明らかでした。おそらく、ファティーは彼女の母親、ベスやロイは彼女の人格の一部を代表していたと考えられます。

彼女とのセッションは、まず、この金魚たちの話から始まります。ファティーはいつも威張っており、水槽の中を我が物顔で泳いでいます。小さいベスはおとなしく、水槽のすみっこにいるのが好きで、ロイは元気で、水槽の中をあちこち泳ぎまわっています。彼女によれば、ファティーを怖がっていないのは、ロイだけなのだそうです。彼女とのセッションの多くの時間が、この様な「金魚物語」で占められました。

彼女は、私にとってはじめての精神病のクライアントで、こうした進展性のない(ないように見える?)セッションには、とまどいを覚えました。また、彼女は精神科医にもかかっていたのですが、処方された薬を「毒だから」といって飲んでくれない事も問題でした。一般的に精神病のクライアントには薬が必要です。精神科医も私も薬をちゃんと飲むように説得したのですが、結局彼女は、私とのセッションの間薬を飲む事を拒み続けました。
私は「金魚物語セッション」を続ける事しかなく、先の見えない彼女の話しを延々と聞き続けることになりました。しかし、彼女の金魚物語は、とても生き生きとしていて、それぞれの金魚の個性がはっきりしていて面白く、彼女の話にひきこまれる事もしばしばで、「先の見えない」事や薬を飲んでくれない事に不安を覚えたものの、彼女とのセッションは楽しいものでした。そして私は、ただ彼女の話を聞くだけでなく、「その時ベスはどんな気持ちだったんだろう?」等の質問をしながらセッションを進めていきました。

彼女とのセッションが始まり1ヶ月半程たったとき、金魚の世界に事件が起こりました。その時彼女は、待合室でしょんぼりとした様子で、セッションの時間が来るのを待っていました。彼女の様子がいつもと違うので、私は、どうしたのか彼女に聞きました。彼女によれば、「ロイが自殺した」のだそうです。ロイは、元気に泳ぎすぎたらしく、水槽から飛び出してしまい、彼女が部屋に入った時には、もう死んでしまっていたのだそうです。彼女はセッションルームで泣き出しました。ひとしきり泣いた後、彼女は、「でも、私は、ロイがうらやましい、外に出る事ができたのだから」と言いました。彼女の家は何事にも厳しく、自由に外出する事も許されず、友達つきあいも制限を受けていました。彼女は、支配的な母親の機嫌を損なわない様に、いつもビクビクしていなければならなかったのです。家の中での彼女は、金魚のベスだったのです。同時に、彼女の中には、ロイの様に自由に動き回りたいといった願望があったのです。

「でも、私は、ロイがうらやましい、外に出る事ができたのだから」は、彼女がはじめて自分の感情を、「私」を主語にして語った瞬間でした。彼女は、「窮屈な生活から抜け出し自分らしく自由に生きたい」という願望を、金魚のロイに投影していたのです。そしてこの時、それがロイの気持ちなのではなく自分自身のものである事を理解したのです。

このセッションの後、彼女の妄想や幻覚は、みるみるうちに無くなっていき、開始から3ヶ月で、精神病的症状が無くなり、その後数回セッションを行い、彼女が通常の生活に復帰してセラピーを終了しました。彼女の場合、精神病的症状は慢性的なものではなく、一過性の精神病のひとつである統合失調症様障害であったと考えられます。そして、私が4ヶ月あまりのセッションの中でやった事は、ほとんど聞く事と、質問する事でした。

(本稿で示した事例は、クライアントに対する守秘義務を考慮し、クライアントが特定できない様に工夫されています。)


(向後善之)

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