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役に立つ心理学コラム「『私』の喪失 ・・ひきこもりについて その1・・」

『私』の喪失 ・・ひきこもりについて その1・・

聞くことも見ることもなにひとつ自分ではできなくなる

洋服、アクセ、ケータイ、どんどん『私』は『私たち』になっていく

絡めとる糸がふえていくたびに『私たち』のイミさえあやふやになって

あやふやになった『私たち』に『私』は飲まれて行く


これは、「常識不信(本の泉社)(文献1)」という本の中にでていた、元ひきこもりの女性の詩の一節です。
とても悲しくつらい詩です。彼女の心的な世界の中で、『私』は、消えてなくなりそうなのです。

彼女が感じていたものは、無機質で感情のない世界です。
そして、孤独の中で、その感情のない世界に飲み込まれていく絶望と無力感が伺えます。

「常識不信(本の泉社)」は、東京のオルターナティブスクール代々木高等学院の学生たち(彼らは、ひきこもりや不登校といった問題をかかえていました)が、彼ら自身の手で作った本です。専門家による分析や解釈がない分、なおさら彼らの感覚がストレートに伝わってきます。

彼らの多くが、「自分を嫌いだった」と言い、自分を否定し、しまいには、「喜怒哀楽が失われてしまった」と訴えていました。

彼らの中には、明確なトラウマティックな体験(いじめなど)をしている場合もありますが、多くは、なんらかの形で、目に見えない微細な介入を受けているように思えます。

そうした介入は、2.「ステンレス・スチール・ワールド」の中で述べたマイクロトラウマとなって、こころに少しずつ傷を付けていきます。彼らには、そして彼らを傷つけた人達にとってもマイクロトラウマは気づかれず、逆に外からは、「非常に健全」に映ってしまうこともあるので、知らないうちに深刻な状況になってしまいます。

多少重複しますが、以下に「マイクロトラウマ」を作るいくつかの因子をあげます。

(1)二重メッセージ(Double Message)、二重拘束(Double Bind)

相異なるメッセージを発する事です。こうしたメッセージを受けた側は、自分の行為がどう評価されたかわからず、混乱します。以下に、例をあげましょう。
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高校生の恭子ちゃんが、家に彼氏の剛君を連れてきて、お母さんに紹介します。

ところが、剛君が帰った後、お母さんは、恭子ちゃんに、「剛君は、いい子だけど・・。もう少し、勉強ができるといいわね」と言うのです。恭子ちゃんは、お母さんが、剛君を好きではないと思い、がっかりしてしまいます。

そんな事があってから、恭子ちゃんは、剛君の「できの悪さ」が気になりだし、結局、別れる事になりました。

その事を知ったお母さんは、恭子ちゃんに、「どうして、お母さんが反対したくらいで、別れちゃうのよ!」となじります。恭子ちゃんにしてみれば、立つ瀬が無くなってしまいます。
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この様に、二重拘束メッセージは、メッセージを受けた人を身動きができない状態にしてしまうのです。
身動きが出来なくなった恭子ちゃんは、自分の素直な感情が出てきた時(例えば、剛君の事が大好き!と思う時)、「ちょっと待てよ?」と警戒信号を出す様になります。そして、やがて、自分の本当の気持ちにコンタクトするのをやめてしまうかもしれません。

また、メッセージは言語的なものだけではありません。言葉では褒めながらもこころの中で相手を否定していれば、それもまた、ダブルメッセージとなります。
人間のコミュニケーションの60〜70%は、非言語メッセージ、すなわち、顔の表情や身振り等によってなされます。いくら、きれいな言葉をならべても、その裏にあるメッセージは、知らないうちに伝わってしまいます。


(2)ミスティフィケーション(Mystification)

これは、イギリスの精神分析医R.D.レインが提唱した概念で、「慈悲心、愛情を装いながら、他人から精神的に搾取する事」を示します(文献2)。

例えば、テレビで「志村けんのバカ殿」を見ている子供に対し、母親が「あら、どうしたの?雅治ちゃんは、こんな番組よりニュース番組の方が好きでしょう?」と言ってチャンネルを変えてしまう様な介入のしかたです。

チャンネルを変えられてしまった雅治ちゃんは、本当は、「バカ殿」が見たいので不満なのですが、母親に「ニュース番組の方が好きでしょう?」と言われたので、「あっそうか、ぼくは、ニュース番組の方が好きだったんだ。」と思い直すかも知れません。

そして、彼の本当の欲求(「バカ殿が見たい!」)は押し込められ、あたかも「ニュース番組」が大好きな「おりこうな雅治ちゃん」を演じる様になってしまいます。

ミスティフィケーションは、子供が、他人(上記の例では母親)のメッセージを、あたかも自分の意志であるかの様に感じてしまうという点で、二重拘束よりさらに巧妙です。


(3)ナルシスティック・エクステンション(Narcissistic Extension)

ナルシスティック・エクステンションは、本来自らの自己愛的な欲求を、他人(多くの場合子供)を代役として実現しようとする事を示します。
うまい邦訳がないのですが、直訳すれば、Narcissistic Extensionは、自己愛的拡張となります。

マクウィリアムスという心理学者の本(文献3)の中に次のような例が出ています。

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母親は、自分の息子が「最高の」大学に行く事を希望していました。そして、彼女にとって「最高の」大学はハーバードでした。

息子は非常に優秀で、ハーバードの入試には失敗したものの、いくつもの超一流校の入試に合格し、その中からプリンストンを選び進学しました。

彼にとって、ハーバードに落ちた事は問題ありませんでした。なぜなら、彼の進みたい分野では、プリンストンの評価の方が高く、充実した教育が得られると考えていたからです(確かにハーバードはよい大学ですが、全ての分野で一番という訳ではありません)。

彼は、プリンストンで勉強を始めたのですが、母親は「息子がハーバードに落ちた」事がどうしてもがまんなりません。そして、ハーバードの当局者達とかけあい、結局息子をプリンストンからハーバードに転校させてしまいます。
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彼女は、自分の自己愛的な欲求を、息子を代理として実現しようとしたのです。彼女にとっては、息子は、彼女の自己愛的な延長(Narcissistic Extension)であり、ひとりの個人ではないのです。

こうした介入はミスティフィケーションとも似ていますが、もっと強引です。母親は、自分の延長である息子がハーバードにいった事で満足を得るのでしょうが、息子にとっては、なんらメリットがありません。彼は、深い無力感を感じたに違いありません。

このような介入が続けば、たとえ優れた資質を持っていても、それを自らの中に認める事ができなくなります。


(4)完璧主義の押し付け

飯島愛さんの小説「Platonic Sex(文献4)」(ちょっと古いですが)の中にこんなエピソードが描かれています。

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飯島さんは、中学校の時まで成績が優秀なよい子だったのだそうです。それでも少し数学が苦手で、その事を気に病んでいました。

ある時、彼女は数学のテストで、90点をとりました。彼女は、「『やった!』と心の中でガッツポーズ」だったのです。

しかし、褒めてもらえると思ったお母さんからのコメントは、「4問も間違えているじゃない。どうしてできなかったの」でした。

彼女は褒められるべき(90点ですよ!しかも苦手な科目で)なのに、逆に、たった10点のミスを批判されてしまったのです。
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人は、他人から褒められて初めて自分を褒める、あるいは自分を認める事を覚え、それが自尊心につながり、危機を乗り越えていく力の源になります。完璧主義(All or nothing)の価値観から生み出されるのは、劣等感だけなのです。

多くの場合、前述したダブルバインド、ミスティフィケーション、ナルシスティック・エクステンションの影には、完璧主義があります。


(5)他人との比較

前述の小説「Platonic Sex」の中のエピソードの中で、もうひとつ重要な要素があります。飯島さんが90点をとった時、お母さんは、前述のコメント以外に「山口さん(飯島さんの同級生で優等生)はどうせ100点だったんでしょ」と言っています。

お母さんは、飯島さんがもっとがんばるようにと言った様にも解釈できない事もないのですが、実際は、多くの場合、その背後に「完璧主義」や「ナルシスティック・エクステンション」が存在します。すなわち、自分の自己愛的な完璧主義を、自分の延長である子供が達成できなかった事へのいらだちなのです。

上の例では、山口さんに勝って1番になりたかったのは、お母さんの方であって、飯島さんではないのです。そしてその結果、比較される側には、「どんなにがんばってもだめだ」という無力感とともに、自分に対する不適切感が生じます。

これらの介入を受けた子供達は、親から(あるいは、そうしたメッセージを発した重要な他者から)認められるように、はかない努力を続けます。その努力は、「私」を捨て、他人の価値観の中で生きる事を意味します。

その姿は、他人からは、「しっかりした親とよい子の像」に映るかもしれません。しかし、結果的に、それは不毛な努力に終わる事が多いのです。

完璧主義にはきりがない(だれでもノーベル賞がとれるわけではありません)し、上には上がいるので、いつまでも比較されるし、親の理想の子供像を完璧に実現する事は不可能だからです。

重要な事は、彼らが、十分な無条件の愛をほとんど受けていない事です。無条件の愛とは、「その人を、なんの判断も批判もくわえずにそのまま愛す」事です。

無条件な愛(ミラーリングと言います)を十分に受けて育った子供達は、自分の中に自尊心が育っていきますから、その後に起こり得るかなりのトラウマティックな出来事に対応する事ができます。

一方、ミラーリングが不足している子供達(例えば、条件付の賞賛しか受けてこなかった場合等)は、自分の中に充分な自信を育む事が無く、こうした状況が続くと、気分障害や、精神病の様な、重い精神疾患にまで進んでしまう事があります。

小説「Platonic Sex」の中で、飯島さんは、言います。

「私は、ただほめてもらいたかった。父に、母に、一言『がんばったね』といってもらいたかった。」

この悲痛な叫びにどこかでだれかが気づかなければ、その子供は永遠に「私」を失ってしまう事になります。

次回は、今回の続きで、「あやふやな『私たち』」をお届けします。


(文献1)「常識不信」、21世紀教育研究所C&C編、本の泉社、2001年
(文献2)Laing, R. D. (1965). Mystification, Confusion and Conflict.,“Intensive Family Therapy,” Rds, Boszormenyi-Nagy, I., and Framo, J. L., NY : Harper & Row.
(文献3)McWilliams, N. (1994). Psychoanalytic Diagnosis., Guilford, NY
(文献4)「Platonic Sex」、飯島愛著、小学館、2000年


(向後善之)

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