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役に立つ心理学コラム「至高体験その後」

至高体験その後

至高体験に伴う意識の高揚は前回ご説明したように非常に強烈なもので、それまで培ってきた内的認識システムの変容を迫ります。

この変容は、自我に同一化していた自己意識が、自己受容を経て自己の潜在性を認識し、その潜在性を通して、個を超えた意識状態(自分は、どこかで他者あるいは、他の存在と繋がっているという意識、あるいは、自分は宇宙のいとなみの一部であると感じる意識)に変わっていきます。この変容プロセスに伴う混乱がスピリチュアル・エマージェンシーです。

この混乱はそのプロセスが急激な事によって起こるもので、その場合、重要な体験を十分に内在化する事ができず、従来の価値体系の中で体験を理解しようとする傾向があります。

スピリチュアル・エマージェンシーは、近年トランスパーソナル心理学の中から提唱され始めた概念ですが、実は、宗教の世界では古くから知られているものでした。

例えばそれは、禅の世界では魔境と呼ばれる領域で、そこに固執すると悟りへの道が阻害されるとされていました。こうした状況に陥った時の有効な対応は、「スローダウン」と「グラウンディング」です。

さまざまな宗教に深い知識を持ち、タイで仏教の修行をつんだ心理学者のコーンフィールドは、激しいスピリチュアルな覚醒を起こした場合、例えばジョギングをする・歩く・シャワーを浴びる、あるいは食事を変え、腹に重たいものや穀物、肉を食べてグラウンディングさせる事も有効であるとし、その他ペースを落とし、落ち着かせてくれるような活動ならどんなものでもやってみることだと言っています(文献1、P.224)。

ところが、いくつかのカルト宗教においては、逆に急激な意識変容を推奨し、さらには激しい修行(?)や薬物の使用により、そのプロセスを逆にスピードアップさせてしまいました。その典型的な例が、オウム真理教が信者に対して行った一連の修行システムです。

彼らの中には、至高体験をした人もいるとは思うのですが、その体験は「自分達は選ばれた」という感覚を生み、自分達の正当性を認めない社会への敵意「All Good- All Bad」の価値観に還元され、さらには、その社会を破壊してもよいという認識にまで歪んでいきました。

こうした(一部の)カルト宗教と対極の例を紹介します。出典は忘れましたが、禅の話です。

ある所に老師と修行者がいました。修行者は、まじめに修行をつみ、瞑想をかかさず、掃除や食事の支度をきちんとしていました。
ただ修行者には、どんなに自分が一生懸命やっても、老師はただ「瞑想をしなさい」、「食事の支度をしなさい」というばかりでした。

修行者は、「これで悟りが開けるのか?」と疑問に持ちながらも、日々修行を続けました。すると、ある日瞑想中に自分が空に浮いている事に気づきました。修行者は、喜びました。そして「ついに悟りを開いた」と思い、さっそくその事を老師に報告に行きました。しかし、老師の言葉は、いつもと同じ「食事の支度はどうした?」だったのです。

この寓話の言わんとする所は、明らかです。空に浮いたなどというささいな事は、悟りの証明ではないという事です。そこに惑わされず修行を続けていく事により(内面を見つめていく事により)、真の悟りの境地を得る事ができるという事です。

至高体験もそれに伴って起こり得る、例えば超能力の獲得も、精神的成長のゴールではないのです。至高体験は、数分から数時間続く意識の高揚を示しますが、それは、刹那的な不安定な体験です。悟りの境地は、もっと安定的で平穏な状態なのです。

至高体験の存在を主張したマズローは、自身、何度かの至高体験の後、随意的(ある程度意識的に起こす事のできる)で、持続的で、感情的ではなく平穏な意識状態を経験し、それを高原体験と名づけました(文献1)。この高原体験は悟りの境地に近いものと言えるでしょう。

こうした高次の意識状態では、自己意識を維持しながら、同時に全ての存在との繋がりを、意識の高揚状態の中にではなく、平穏な持続的な意識の中で感じます。この状態は、胎児の感覚に似ていると考えられます。平穏であり、なんの境界もない意識です。

しかし、この2者の間には、大きな違いがあります。すなわち、前者においては、自己感覚を維持しながら、自己と他者との境界が消失した感覚も併せ持つのに対し、後者においては、まだ十分な自己感覚が存在しておらず、自己=世界」の意識しかないのです。

トランスパーソナル心理学のウィルバーは、前者をトランスパーソナル(自己を超えた意識:超個意識)の状態、後者をプレパーソナル(自己意識は発生する前の意識:前個意識)と名づけました(文献3)。

こうして、人の意識は、以前ご紹介した「悟り」の境地(さまざまな感情が浮かびながらも、その感情を追いかけず、世界との繋がりを平穏のうちに感じる状態)に、達していくのでしょう。

さて、悟りに達した人は、その後どうなるのでしょう?

この答えのひとつが、全仏教の中の「十牛図」と呼ばれる10枚の絵の最後の一枚に描かれています。

それは、ちょっと拍子抜けな絵です。そこには、酒の入ったひょうたんを持ちながら、釣竿をしょいながら、にこにこと街中を歩く太ったお坊さんが描かれています。彼は、いかなる限界も持たず、自由に他の存在と交わり、彼らに手を貸せる菩薩の姿なのだそうです(文献4、P.111)。

「十牛図」の最後の1枚は、「悟り」の境地とは特権的なものでもなく、「悟った」人は特別な人ではないと言っているのではないかと思います。「悟り」の境地の源はだれの中にもあるという事なのでしょう。

また、「自分は悟った」と思い込み、なんだかエライ人になってしまった様な意識を持つ事は、本当の悟りではなく、本当の「悟り」のこころは、日々の生活の中で実践される事を示しているのだと思います。

以上、「悟り」の境地にはほど遠いところにいる僕の解釈です。

(文献1)グロフ,S., グロフ, C.編(1999)、「スピリチュアル・エマージェンシー」、春秋社
(文献2)Krippner, S.(Ed.).(1972), The Plateau Experience: A.H. Maslow and others. Journal of Transpersonal Psychology
(文献3)ウィルバー, K.,「アートマン・プロジェクト」、春秋社
(文献4)フレイジャー, R., ファディマン, J.(1991)編、「自己成長の基礎知識3」、春秋社

(向後善之)

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