応急入院(Emergency admission)
精神保健福祉法は、精神病院の管理者が「医療及び保護の依頼があった者について、急速を要し、保護義務者の同意を得ることができない場合において、指定医の診察の結果、その者が精神障害者であり、かつ、ただちに入院させなければその者の医療及び保護を図るうえで著しく支障があると認めた時は、本人の同意がなくても、72時間に限り、その者を入院させることができる」としている(第33条の4)。
入院は都道府県知事が指定する精神病院に限られる。自傷多害の恐れはないが、病状が重いため本人の同意が得られず、また身元が不明で家族などとの連絡がつかない場合、人権を確保しつつ、医学的判断のみで的確な救急医療を行うために設けられた制度である。
応声虫
腹の中から声が聞こえ、それと応答することになるという現象を、江戸時代の奇談集や医書では応声虫と呼んでいた。今日の時点では、統合失調症の場合の幻聴または憑依体験に相当する症状と考えてよく、当時は「腹の中に形はトカゲのようで、顔に小さい角がある虫」がおり、雷丸という湯薬を服用させれば治癒すると考えられていた。
典型的な応声虫は周囲の人にも聞こえるということになっているが、それは病者が人格変換を起こして<虫>として発言しているのか、奇談の常としての説話化が行われているのかは不明である。奇談としての応声虫は、超自然的狂気観から自然的原因(=虫)への移行形態であろう。
おうむ返し言葉(Parrot-like speaking)
相手の言った言葉をそのまま繰り返すという症状で、ふつうは統合失調症の緊張型にみられるものとされている。
この症状の意味は、相手を避け自分の世界に閉じこもろうとする上に、かなり積極的に相手を拒否しようといった意思の表明といえよう。いったん内在化された「悪い対象」が再び投射され、それが拒否的な態度となるものと考えられる。
いわゆる自閉症やジル・ドゥ・ラ・トゥレット症候群でもみられる。子供にもみられ、顔面のチック・のどで音を出す・全身に及ぶチック様の動き・汚言などもみられる。中にはやがて幻覚妄想や思考障害に発展してゆくものもいるとされているが、必ずしも一定の経過をたどるともいえない。
覆いをつける法(Covering method)
レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)は芸術の方法には、付け加えるやり方と取り除くやり方との2通りがあると考えたが、それをフロイト(S. Freud)が精神療法に当てはめたもの。
覆いをつける法は、暗示療法のように治療者の積極的な働きかけによって患者を支持し、適応力を強めるように援助してやる方法、つまり援助者が患者の弱まっている心を覆って支えてやる方法である。
その技法としては、(1)支持的方法(再保証・説得・指導・再教育・環境調整など)、(2)訓練的方法(自律訓練法・心理的脱感作法など)がある。
いずれにしても、治療者が積極的に患者の適応を援助してやるものであり、相手にカタルシスや自己洞察、人格の再構成を得させることをねらったものではない。またクレッチマー(E. Kretschmer)は統合失調症領域の患者については、覆いをつける方法が有意義であることを強調した。
覆いをとる法(Uncovering method)
フロイト(S. Freud)が、暗示療法に対して精神分析的な精神療法の特徴を明らかにするために用いた比喩的表現。覆いをつける法とは逆の方向の精神療法で、抑圧された欲求や感情を自由に発散させたり、症状の背後にひそんでいる心因を探求し、できるだけ人格が成長し、再構成されるように導く方法。そのため患者には自由な自己表現をさせ、心の防衛を除き、葛藤や欲求不満の問題に直面させるようにする。
技法としては:(1)表現的方法(告白・カタルシス)、(2)洞察的方法(精神分析・催眠分析・人間中心カウンセリングなど)がある。覆いをつける法は、技法的にも簡単であるため実地医家でも行えるが、覆いを取る方法は手間がかかり、またある程度技法についての修練を要するものが多い。
狼つき(Uncovering method)
自分または他者が狼その他の野獣に化身するという妄想。ヨーロッパの事例では、ほとんどが化身妄想であって、日本での狐つきが憑依現象であることが多いのとは異なる。したがって、人狼症あるいは獣化症と訳すのが正確である。
ヨーロッパ中世および近世の医学文献では獣化症の記載が多いが、19世紀前半以後稀になった。日本では現代でも獣化症の症例報告がある。かつて存在した山陰地方での犬神(狼つき)のように、地域の新参者に対する差別または恐怖意識から「犬神つきの家筋」として烙印を押すという傾向が各地でみられた。宮本忠雄は、日本語の構造および日本人の他者と融合して自我感を薄めていく傾向が憑依体験と親和性をもつからであるとする。
置き換え (Displacement)
自我防衛機制のひとつ。怒り等うっせきした感情を、本来の対象に向ける代わりに、より危険の少ない代替の対象にぶつける事。
(例:姑に不満な奥さんが、だんなにあたりちらす。)
汚言(Coprolalia)
ギリシャ語でkoprosは糞便の意。糞便に関することばや排泄過程に関連する汚い言葉を絶えず口にする傾向を指す。
チックに随伴することがあり、ことにその特殊型とみなされるジル・ドゥ・ラ・トゥレット症候群においては典型的に現れるが、統合失調症にも見られることがある。
また、強迫観念の内容が排泄過程に関連している場合、それが執拗に訴えられる時には、汚言傾向を示すことになる。
4〜5歳の児童が汚言傾向を示すことは正常な発達の過程とみなされる。フェニヘル(O. Fenichel)は、汚言の中には、糞便愛好・露出症傾向・サディズムの諸傾向が混同されて含まれていると主張している。
オセロ症候群(Othello syndrome)
配偶者ないし性的パートナーの不実に関する妄想、すなわち、嫉妬妄想あるいは病的嫉妬が主徴となっている病態を指す。嫉妬妄想とほぼ同義であり、厳密には「オセロ徴候」にすぎない。しかし、嫉妬妄想が部分症状にとどまっているケースはオセロ症候群とは呼ばれない。
旗手の奸計にのせられて妻と副官との関係を疑い、妻を殺害した、シェイクスピアの戯曲の主人公ヴェニスの将軍オセロの名に由来している。日本では嫉妬妄想で代用され、あまり用いられていない。
エノッホ(M. D. Enoch)とトレソワン(W. H. Trethowan)によると、患者と配偶者の間には不一致があり、配偶者のほうが対外的興味も友人も多く、患者は自己愛的・自己中心的で、しかも自分が重大な弱点を持っていることに気が付いている。
そして、(1)患者の地位と威信に対する脅威(嫉妬は独占欲に源を発し、独占への脅威が嫉妬につながる)、(2)患者自身の不貞(患者自身に不貞への欲求があり、それが配偶者に投射される)、(3)同性愛(嫉妬は患者自身の同性愛的衝動の防衛である)、(4)愛する能力の欠如(患者は人間関係に自己愛的欲求を混入させ、純粋な愛を発展できない)、の4つの不適合感が配偶者に投射される、としている。本症候群は、ときに殺人と自殺を招くことがある。
発生の要因としては、素質・病前性格・夫婦関係・患者の性的不能・容姿や体力の衰退・見捨てられ不安・自身欠乏・器質因などが関与しうる。臨床上、統合失調症・パラノイア性・症状性(中毒性・器質性)の3種によるものが主としてみられる。嫉妬妄想は他の妄想主題と比べ、正常嫉妬からの了解が比較的容易なものであるといえよう。
落ち込み説(Drift hypothesis)
「流入仮説」とも言われ、「孵化器仮説」と対立する仮説である。
アメリカの社会学者ファリス(R. E. L. Faris)とダナム(H. W. Dunham)は、イリノイ州立精神病院を1922年から1931年の間に退院した精神障害者で、シカゴ市に在住する者の人口比分布率を比較し、ループと呼ばれるスラム地域に統合失調症の人口比が高く、郊外の中産階級以上の住む地域に至るほど、統合失調症の人口比が低くて、それは躁鬱病の人口比が地域差のないことと対照的であった。ファリスとダナムはこの結果から、統合失調症患者が社会から孤立した地域に発生しやすいという「孵化器仮説」をたてた。
これに対してゴールドバーグ(E. M. Goldberg)とモリソン(S. L. Morrison)は、統合失調症患者とその父親の社会階層分布の比較から、親の世代よりも低い階層に落ち込むことを実証し、「落ち込み説(流入仮説または分離仮説)」が優位に立つこととなった。
オープンドア方式(Open door system)
出入口のドアの施錠を廃止した精神病院・同病棟ないしコロニーなどの運営方式をいう。
第一の発展はコノリー(J. Conolly)(non-restraint campaign[1839~]の時代に起きた。イギリスに始まったこの運動はドアの施錠禁止を含む物理的拘束の廃止運動となってフランス・ドイツ・アメリカなどに波及し、特にアメリカの発展にみるべきものがあった(典型例はディケンズ(C. Dickens)の『アメリカ覚書』[1842]中のボストン州立精神病院の記述)。
第二の発展は1940年代のイギリスで、ベル(G. M. Bell)やマクミラン(D. Macmillan)による病院全体に及ぶ鍵の開放である。これは抗精神病薬の開発以前のことであり、マクミランは、精神病治療法など社会の態度の成熟に契機を見出している。
第三の発展は抗精神病薬の普及が影響している。この段階の先駆的な活動には、スノウ(H. B. Snow)によるセント・ローレンス州立病院での解放[1955-57]、伊藤正雄・三重野正彦らの国立肥前療養所での解放[1956-60]などがあげられる。
オープンドア方式は、人道主義・心理的理解優先の立場と、実際主義・安全性優先の立場の衝突という問題をなお抱えていることもあって、世界的に見てなお十分に発展したとは言えない状況にある。
親-乳幼児精神療法(Parent-infant psychotherapy)
フライバーグ(S. Fraiberg)により創始されクラマー(B. Cramer)、レボヴィシ(S. Levobici)らにより発展した乳幼児精神医学特有の臨床的アプローチで、現在はハイリスク家庭のケースから未熟児・発達障害児まで幅広く応用されている。
親-乳幼児の問題を両者の関係性障害とみなし両者の安定した関係を妨げる要因として、親の無意識の幼児期の記憶、乳幼児の障害や特徴の親への影響など、客観的事実や体験のもたらす主観的意味に注目する。不幸な幼児体験を持つ親は、泣き声などにより過去の悪夢に悩まされ、乳幼児に過去の葛藤的関係を重複させる。
具体的アプローチには大別して、虐待・遺棄などの緊急状況に対応する危機介入、内面的葛藤をあえてとりあげない支持的発達ガイダンス、親の無意識の葛藤を解釈する親-縫う幼児精神療法の3つがある。
音楽療法(Music therapy)
音楽の持つ生理的・心理的・社会的働きを、心身の障害の回復・機能改善に向けて、意図的・計画的に活用して行われる治療技法。
現在行われている実践は広い領域に渡っており、児童領域では、発達障害児に対する発達療法的音楽療法・情緒障害児に対する遊戯療法的音楽療法・身体障害のリハビリテーションとしての音楽療法などが行われている。
近年では老人に対する交流促進や心身の機能維持改善を目指した音楽療法が急速に普及している。さらに、神経症や心身症などに対する心理療法やリハビリテーションとしての音楽の活用などが行われており、精神保健のための音楽療法も試みられている。
音連合(Clang association)
語の意味よりも音に注意が向けられ、言葉の本来の機能である概念が無視されて、音韻の類似している観念を連想することにより、関連づけが行われる状態をいう。類音連合とか音響連合ともいう。
われわれの日常生活でも、九は苦に通ず、とか四-死といった程度の類音連合はみられるが、多くは躁状態の観念奔逸、アルコール酩酊時の観念奔逸の状態においてみられる。統合失調症の滅裂思考の場合にもみられるが、この場合には思考の関連系の障害が生じている。
※出典:新版精神医学事典(弘文堂)
