心理学には、発達心理学という分野があります。当初、この分野では、幼児期の発達過程のみに焦点があてられていました。
発達心理学を、この幼児期中心の考え方から人間の一生の過程としてとらえた最初の心理学者のひとりが、エリクソン、E.H.
です。エリクソンの理論の中で最も注目を集めたのは、自我同一性の概念です。
自我同一性とは「自分は何者でもない自分であり、過去現在未来を通して不変である」という感覚と、そして「そうした自分に
対する感覚が、社会の中で同様に認められ位置づけられている」といった感覚を併せ持つ事で、エリクソンによれば、青年期
(12〜19歳)の主要なテーマであるとしています。
そして、この時期に自我同一性を達成できない場合は、以下の3つのいずれかの状況に陥ると言われています。
(文献1、P.42〜47)
1..同一性拡散
自分が何者であるかという感覚があいまいで、将来の自分を想像する事が困難な状態。
2.モラトリアム
いくつかの選択の中で悩み、その解決に向けて模索しているが、決定的に意思決定できないために行動にあいまいさが見られる
様な状況。
3.早期完了
選択肢の中で、悩んだり疑問を感じたりする事がそれほど無く、職業や生き方がすでに決定されている状態。
私自身の青年期あるいは、その後の成人期初期(20〜30歳)を振り返ってみると、私は、自我同一性からは程遠く、同一性拡散
からモラトリアムの間をうろうろしていた様に思います。私はその頃、工学という道を選びましたが、その選択は十分な内的葛藤の
下になされたものではなく、「なんとなく選んでしまった」というのが実感です。
その頃の私には、「自分とは何か?」といったテーマを考える心的な余裕も、時間的な余裕もありませんでした。また、考えても
仕方のない事に思えたのです。なぜなら、大学受験という一大イベントの結果に従い、18歳前後で自分の将来の方向を決めると
いうのが常識であり、その方向性を変える事は、ほとんど不可能に思えたからなのです。こうした日本社会の状況は、20年以上
たった今でも変わっていません。
しかし、そもそも18歳前後で自我同一性を確立できる人がどれほどいるのでしょう?また、仮に、その時点で自我同一性を確立
できていたとしても、その後の人生の変遷により、再び自分の概念があやふやになるといった事もあるのではないのでしょうか?
現に世の中には、「自分探し」なる言葉がもてはやされ、その対象となっているのは、若者だけではなく、中年あるいは老年に
さしかかった人達で、彼らは熱心に真の自己を探求しています。自我同一性のテーマを、青年期に限定するのは無理があるのです。
むしろ、青年期は、自我同一性すなわち「自分とは何か?」といったテーマを考え始める時期と考えた方が現実的でしょう。
この様な視点から、最近では、自我同一性の確立は一生仕事であり、同一性拡散→モラトリアム→自我同一性の確立といった
サイクルが一生涯にわたって繰り返されるという、自我同一性のラセン式発達モデルも提案されています(文献2、P.54−55)。
現在、労働経済白書によるとおよそ187万人のフリーターの人達がいると言われていますが、彼らの多くは、一生フリーターを
続けるつもりは無く、機会があれば正社員として就職したいと考えています。おそらく、彼らは、同一性拡散からモラトリアムの
間で葛藤しているものと考えられます。
彼らの葛藤は、自然な反応であり、また、「自分とは何か?」という事をいいかげんに考えたくないという気持ちの表れといった
側面もあると、私は思います。
しかし、昔からあったはずの同一性拡散からモラトリアムのテーマが、なぜ近年フリーターの急増という形で表れて来たのでしょうか?
また、187万人とも言われる彼らは、これからどうなるのでしょうか?こうしたテーマについて、次回も考えていこうと思います。
(文献1)川瀬正裕、松本真理子編、「新自分探しの心理学」、ナカニシヤ出版、1997年
(文献2)杉原一昭、次良丸睦子、藤生英行編著、「生涯発達臨床心理学」、福村出版、2001年
