(本稿は、カウンセラー'sブログより抜粋したものです)
幼稚園児たちは、人見知りする事もなく、初日から親しくなりました。
彼らは、とてもエネルギッシュで、また、男の先生が珍しかったのか、幼稚園に行くと、何人もの園児が僕にまとわりついて
きました。
会うたびに何度も肩車をせがむM君(彼は、一番最初に私に話しかけてきた子でした)、ポケモン博士のH君、将来は「セーラー
ムーンになりたい」というAちゃん等々、園児はすでにそれぞれ個性があります。
この幼稚園の5割は、日本語のみしか話せず、3割は英語のみで、残りの2割がバイリンガルです。英語のみの3割の子たちは、
まったくアメリカ型の生活の中で暮らしていて、見かけもまったくアジア系には見えない子もいました。
英語だけの子供たちと、日本語をしゃべる子供たちとでは、幼稚園児なのに、すでに大きな違いがありました。
日本語をしゃべる子供たちは、日本の常識でいういわゆる「良い子」達が多く、先生の言う事をよく聞きます。
一方、英語だけの子供たちはしっかりと自己主張する能力があり、納得しない限り、簡単には先生の言う事を聞かない傾向が
ありました。
例えば、こちらから「さあ、お外に行きましょう」と言うと、英語のみをしゃべる子のだれかが必ずと言ってよいほど、「なんで、
今外に行かなければならないのか?」と聞いてきます。そこで、こちらから説明し、その生徒が納得してはじめて行動に移す
ことがよくあります。
園児の中にコニー(仮名)という女の子がいました。彼女は、英語しか話さない子です。コニーは、先生たちの言うことを
なかなか聞いてくれなかったのですが、5歳にしてしっかりとした意志がありました。「絶対に理屈に合わない事はしない」と
いうポリシーがありました。
ある日、幼稚園で障害物競走をした事があります。コニーは、足が速かったのですが、障害物競走の最後の平均台で、
あと一歩<(20センチくらい)を残して落ちてしまいました。ほとんど渡りきっていたので、僕は、「このくらいならOKだろう」と
思っていたのですが、彼女は、もう一度最初から平均台を渡り始めました。
結局、そのおかげで、彼女の順位は、下の方になってしまったのですが、彼女にとっては、「"cheating(ズル)"するくらい
なら、ビリになった方がまし」なのでしょう。
