(本稿は、カウンセラー'sブログより抜粋したものです)
そのジョージのクラスの中で、ショッキングなビデオを見ました。
アメリカの南部での出来事だったのですが、そのビデオの中には、一人のゲイの男性に対して数人の男達が暴行を加える
シーンが写されていました。これはドラマでは無く、実際に起こった事なのですが、暴行を加える側のひとりがビデオを
写していたのです。暴行はすさまじいもので、殴る、蹴る、棒でひっぱたく等とても激しいものでした。
このビデオを見た後、僕は、それまで感じていたゲイの人達の中のある種の「必死さ」について理解できた様な気がしました。
一部のアメリカ人にとって、ゲイは罪と捉えられています。彼等にとって、ゲイの人達は「神の意志に反する罪人」ですから、
「ゲイの連中」を罰してもかまわないと思っている場合があるのです。
もちろんサンフランシスコの多くの人は、教会を含めゲイに対して寛容ですが、中部南部では、まだまだ罪の意識が強いの
かもしれません。
そういった反ゲイ・ムーヴメントの極端な例が、「ホモフォビア(ホモ恐怖症)」と呼ばれる人達です。
彼等は、ゲイの人達を差別し、時には暴行を加えたりします。ビデオに写っていた男達は、まさに、その「ホモフォビア」達
でした。
彼等はビデオの中で、暴行されていたゲイの人の事を「悪魔」と呼んでいました。彼等の極端な行動の下には、恐怖が
あります。
「ホモフォビア」の人達にとって、「ゲイの人達は、自分達の価値観を犯す悪である。」という意識が裏側にあるものですから、
彼等の行動は、その恐怖感を投影したものとなり、激しくゲイの人達を攻撃する事になります。
日本においては、「ホモフォビア」と呼ばれる様な人達の数は、(アメリカと比べて)かなり少ないのではないかと考えて
います。
そのひとつの理由が、日本人は、同性愛を「恥」と考える事があっても、「罪」とは考えないのからだと思います。
同性愛を「罪」と考える事も、「恥」と考える事も間違っていると思いますが、「罪」と考える方が「暴力行為の正当化」に
使われやすいという点で、より深刻だと思います。
私は、ゲイの人達の中の「必死さ」は、ホモフォビアに代表されるアンチ・ゲイムーヴメントに対する防衛の意識に起因
するのではないかと想像しています。
この様に、アメリカの「ゲイ・ムーヴメント」、「アンチ・ゲイ・ムーヴメント」は、アメリカ人の中の「罪の意識」にまで言及
するという意味で、とても深い命題を含んでいると思います。
さて、僕と妻は、「ゲイ・パレード」の日に、ちょっと早起きしてダウンタウンまで出かけ、うわさの「レスビアンのオートバイ
パレード」を見に行きました。おそらく、100台以上のオートバーイが参加していたのではないでしょうか。
それは、すさまじい迫力でした。
ハーレーあり、ホンダありで、皮ジャンを着込んだレスビアンの人たちは、皆元気いっぱいでした。
ふと、前の方に目をやると、先頭でハーレーダビットソンに乗って気勢をあげているのは、我らがCIISのクラスメートじゃ
ありませんか!
