カウンセリング ハートコンシェルジュ
利用規約
サイトマップ

Heart Concierge Counseling



カルトの暴走と社会−2

「大学生活を始めた頃、私は孤独でした。私はクラスメートたちと、私の興味の対象である宗教や哲学について語り合う事ができま
せんでした。合コンや流行のファッションや芸能界の話に乗らない私は『変わり者』と見られ、しだいに学校の友人達の間で孤立
していきました。
そんな時、大学の文化祭で偶然『東洋哲学研究会』というあまりめだたないサークルのテントを見つけ、中に入ったのです。
そこは、別世界でした。その中では、私が話したくてしかたのなかった哲学や神や宗教の話が熱く語られていました。彼らはとても
知的で、私が当時持っていたさまざまな疑問に的確に答えを出してくれました。私は、迷わず『東洋哲学研究会』に入部手続きを
しました。
そこは、私にとっては楽園でした。大学で、はじめて心の底から語り合える仲間達にめぐりあえたのです。やがて私は『東洋哲学
研究会』の本体が、すでにマスコミから批判され始めていた『オウム真理教』である事を知る事になるのですが、私にとっては、
そうした批判はどうでもよい事でした。私は『こんなすばらしい人たちがいるグループを批判する世間の方がおかしい』と感じて
いました。そして、私のこころのオアシスでもあったこのすばらしいグループを、どんな事があっても守ろうと思いました。」

これは、元オウム信者が私に語ってくれた、彼女自身のオウム入信前後の心情です。おそらく、この元信者がオウムに入信した
80年代後半に、カルトに入信しないまでもスピリチュアルな渇望を感じ、その結果、彼女と似たような孤独感を味わった人は
多かったのではないのでしょうか?
日本の現代社会においては(特に戦後)、スピリチュアリティは暗黙のうちにタブー視されてきたため、彼女が表現しようとした
スピリチュアルな渇望が表面化する事は、一般に受け入れられなかったのです。

こうしたスピリチュアリティの社会的封印のプロセスには、次の様な背景があると考えられます。

現代の日本には、外部の価値観に自己を同一化し、他者をコントロールしようとする傾向を持ち、その規範に合わない者を排斥
しようとする共依存的な社会構造があり、その結果、スピリチュアリティは高度経済成長下での物質至上主義という価値体系には
そぐわないものと判断され、少なくとも生産性を重んじるメインストリームの社会の中で語られる事はなくなっていきました。
さらに、そうした共依存的社会を生み出した要因のひとつとして、敗戦のトラウマを日本の精神的伝統を社会から切り離し、
All-badとして批判する事によって知性的に解釈しようとする戦後社会の集団的な防衛機制の傾向があります。

こうして、スピリチュアリティへの探求を共感的に受け入れていた伝統的な日本の社会とは反対に、特に戦後の共依存的社会に
おいては、社会のメインストリームとしてのグループ自我がスピリチュアリティを異質な物として否認し、その表出に共同体として
防衛的に抵抗するようになりました。
そして、こうしたスピリチュアルな渇望を既存の宗教は十分に満たす事はできず、行き場を失ったスピリチュアリティの探求者達は、
カルトや80年代にブームとなった自己啓発セミナーに居場所を見つけるか、スピリチュアルな渇望を無意識へと抑圧し、外界から
期待される価値観に自らを同一化させる事で、通常の生活に戻っていくしかなかったのです。

この様な共依存的な社会の中で、カルトに入信するという事は社会のメインストリームから脱退する事を意味し、その結果信者達は
カルトというグループ体以外に行き場を失っていきました。そして、信者達の「もはや、もどる場所がない」という感覚は、教祖
及び教義を盲信し、社会に対する敵意いだいていくといったカルトの過激化プロセスの温床になっていきました。

このスピリチュアリティに対する社会的抵抗はオウム事件以降加速され、自らのスピリチュアルな渇望を切り離し、その根源的な
渇望をカルトに投影した上で、All-badなものとして批判する事により共同体としてのグループ自我の正当性を示そうとする集団的な
投影性同一視のメカニズムとして、例えば、元オウム信者に対する入居拒否や元信者の子女の入学拒否の動きの中等に認められる
ようになっています。
そして、この投影性同一視的な集団的防衛機制は再びカルトを孤立化させ、第2・第3の「オウム事件」を生み出す要因となり得る
のです。



(向後善之)

【心理学コラム<<自己成長>>TOPに戻る】