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スピリチュアル・エマージェンシー

自己受容に伴う至高体験の前には、深刻なうつ状態や、いいようのない不安におそわれる事が少なくありません。
その状態は、「魂の暗夜(文献1、P.84)」と呼ばれています。

生まれてから人は、外へ外へ成長していきます。親との共生段階から、しだいに独立した自我を持つようになり、学校という新たな
環境に投げ出され、やがて親の元を(物理的に)離れ、社会の一員となっていきます。すなわち、世界がどんどん外へ広がって
いき、その世界と自己との調整役としての自我が確立していきます。
しかし、その外への成長が飽和し安定すると、次第に日々の生活はほとんど予測可能な、新しさのない無味乾燥なものに感じられて
いきます。このような状態になった時、人の関心は、自らの内面へとシフトしていきます。
これは、それまで社会と折り合う形で形成されてきた自我の再構築のプロセスとなります。

「魂の暗夜」は、欧米では、ある程度個人の社会的な立場が確立した中年期に多く見られるとされ、「中年の危機(Mid life
crisis)」と呼ばれたりします。
欧米人は、その社会の個人尊重の傾向から、東洋人に比べ強い個人的な自我を形成し、その強い自我が自分そのものだと思うように
なっていきます。彼らには、社会の中で(戦いの中で)自我を確立してきたという強い自負があります。
強かったはずの個人的自我は、中年期に至り、その内面を振り返るプロセスの中で、次第に「実はみかけほど強かった訳ではない」
事が明らかになっていきます。個人的な自我が意識の中心という座を追われ、その強さの根拠が揺らいでくるのです。

一方、日本のような相互依存的な社会では、元々「強い個人的自我」が育ちにくい環境にありますから、その内面回帰のプロセスは
欧米と少し異なるように思われます。
日本においては、個人的な自我が比較的弱いまま、自分の属するシステム(家族、学校、会社等)のグループ自我(社会的自我)に
保護されます。ある時点まで、個人的自我は社会的自我と同一化していますが、やがて個人と社会からの要求の差に気づきはじめ、
それが内面回帰へのきっかけとなります。
このきっかけは、やはり中年の時期が多いのでしょうが、欧米の様な強い個人的自我が形成されていない日本人にとっては、転校・
進学・就職・転職・失業・退職・子供の独立などの環境の変化によっても、比較的容易に内面回帰が促されます。
いずれの文化圏にしても、内面回帰の旅は、人間の精神的成長の重要なステップなのです。

内面への関心のシフトにより、人はそれまで忘れていた、あるいは目をそらしていた自分の中の暗部に接する事になります。
そうした経験は、恐怖・孤独・狂気を伴う場合があり、言いようのない不安や深刻なうつとして体験されます。
恐怖・孤独・狂気といった感覚は、それまで持っていた「強い個人」や「社会的役割」との同一化の基盤が崩れた事により生じる
のです。そして、それに伴う不安や抑うつ状態は、自分の不完全さを認め、さらに自分の潜在性に接する事によりしだいに克服
されていきます。
「魂の暗夜」は、その症状から、精神病・うつ病・不安神経症・パニック障害等と診断される事が多いのですが、その本質は、自己
受容に向かうプロセスなのです。そして、自分の潜在性に接した時、多くの人が、至高体験と呼ばれる数分から数時間続く、一時的
な高揚感を体験します。

至高体験に伴う高揚感は、言葉に言い表され得ないほど強烈なものであると言われ、そのプロセスがあまりに急激な場合は、自分が
全知全能の神であると感じたり、過去生を見たと信じたり、自分が予知能力やテレパシーを持つと確信したりする時があります。

至高体験及び、それに前後して起こる、こうした変性意識状態は、スピリチュアル・エマージェンス(プロセスが比較的おだやかな
場合)、及びスピリチュアル・エマージェンシー(急激なプロセスの場合)と呼ばれます。
そして、プロセスが急激なスピリチュアル・エマージェンシーに伴う高揚した感覚およびその感覚への固着は、カルト宗教の
リーダー達にしばしば認められる傾向です。彼らは、至高体験とともに沸き起こる圧倒的な幸福感と、それに伴う非日常的な体験
(超能力の獲得等)を、悟りの体験と取り違えてしまっています。これは、いきすぎた自己肥大であり、意識のインフレーション
(文献2)です。また、彼らは、「自分はエリートである」といった、スピリチュアルなエリート主義(文献3)に陥っていると
言えます。

こうしたカルト宗教(すべてのカルトではありませんが)のリーダー達は、なぜ、時にスピリチュアルなエリート主義の様な傲慢さ
を見せるのでしょうか?それは、至高体験により、全ての内面的問題が解決する訳ではない事を理解していない事によります。
本稿の最初に至高体験に先立ち自己受容があると書きましたが、実は、その自己受容が完全でなくても、すなわち部分的な自己受容
においても至高体験は引き起こされ得るのです。そして、至高体験のほとんどが、実は、部分的な覚醒なのです(文献4)。
さらに、ほとんど自己受容のプロセスがなく、自分の潜在性に接する事すら可能です。例えば、薬物によって引き出される高揚感は、
ある意味で自分の潜在性と接する体験といえます。ただし、薬物による高揚感(擬似至高体験)は、自己受容に伴う「生みの苦しみ」
を、ほとんどバイパスしています。薬物による擬似的な至高体験を含め、部分的な覚醒においては、内的な問題が未解決のまま
残されているのです。未解決の内的な問題は、至高体験をそのままの形で受け入れる事を阻害します。そして、例えば「自分は神で
ある」とか、「自分は最終解脱者である」といった歪んだ観念に固執するのです。

至高体験は悟りの境地を垣間見せてくれるかもしれませんし、その体験は、人間の精神的成長の大きなステップになり得るのですが、
それはゴールではなく、人間がなし得るスピリチュアルな成長のプロセスの一部なのであり、その誤った解釈は、逆に「スピリ
チュアルなエリート主義」の様な退行を起こします。

至高体験があった場合、無理な解釈をしようとせずに、その体験を静かにただ受け入れる事です。そうすれば、その体験は、自分の
中に静かにおさまっていき、自らの潜在性は、その力をしだいに具現化していき、そしてその後に見える世界は、それまでと全く
違ったものになると言われています。

(文献1)グロフ、S.,グロフ、C.(1997)、「魂の危機を越えて」、春秋社
(文献2)Kornfield, J.(1993), A Path With Heart, NY: Bantam Books
(文献3)ラムダス(1999)、スピリチュアルな道の可能性と落とし穴
     「スピリチュアル・エマージェンシー」、グロフ、S.、グロフ、C.編、春秋社
(文献4)向後(1999)、スピリチュアル・エマージェンシーとパーシャル・アウェアネス
     日本トランスパーソナル心理学/精神医学会第2回大会研究抄録



(向後善之)

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