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「ステンレススチールワールド・・マイクロトラウマの世界・・」

私は、かつてエンジニアをやっていました。専門は、破壊力学でした。
破壊力学は、「物がどうやったら壊れるか?」を研究する学問です。
(なんだかぶっそうだし、工学の講義みたいになってしまいましたが、もう少しおつきあいくださいね。)

破壊には、大きく分けてふたとおりの形があります。
ひとつは衝撃的な破壊で、なにか大きな力がかかって物が壊れる状態を言います。例えば、爆発とか地震による破壊です。
もうひとつの形は、疲労破壊という壊れ方です。これは、一回にかかる力は非常に小さいにもかかわらず、何万回も力を
加えていったらいつのまにか壊れてしまった、というような状態を指します。
よく飛行機事故なんかで、金属疲労なんていう言葉が使われますが、これは疲労破壊の代表例です。
疲労破壊の怖いところは、一回当たりの力が小さいためにダメージを受けたかどうか外からわかりにくいところと、
最後までほとんど変形を起こさずに壊れていくので、致命的な状態になっても発見がむずかしい点です。

こころのダメージについても、同じ様な事が言えます(やっと本題に入った!)。
災害や肉親との死別、事故等によるトラウマは、その原因がはっきりしていますし、そのインパクトも非常に大きく、
外からもそうしたトラウマを受けた人が、相当なダメージを受けている事が容易に想像できます。これは、工学でいう
衝撃的な破壊と似ています。
一方、外からは非常に見えにくい疲労破壊のような、こころのダメージがあります。
この代表例が、ダブルバインドとミスティフィケーションです。

ダブルバインドとは、相異なるメッセージを同時に発する事で、例えば、常々子供に「将来は、(世の中の常識にしばられる事なく)
なんでも自分の好きなものになりなさい。」と言っているにもかかわらず、子供が(仮にAくんとしておきましょう)
「ぼく、将来コメディアンになりたい!」と言ったら、お母さんが、「そんなものにさせるために育てているわけじゃない!」と
怒ってしまうような対応の仕方です。
Aくんにすれば、お母さんの言うとおり、自分の好きなもの(コメディアン)にならなければならないはずなのに、同時に
「好きなもの」自体を否定されてしまって、頭の中が大混乱してしまいます。
そして、Aくんは、「コメディアン」ではなく、無意識的に、「大企業の社員」を自分の理想の将来像と思い込もうとします。
なぜなら、そうすれば、母親のメッセージとは矛盾しなくなるからです。

ミスティフィケーションは、他人の気持ちを勝手に代弁してしまうやり方です。
例えば、「うちの子は、3歳の時、自分からケーオーのヨーチシャに入りたいから塾に行きたいって言うのよ」と言う様な介入の
仕方です。本当に(奇跡的に)3歳の子供が塾に行きたいと言ったのなら、それはめでたいお話でしょうが、たいていの場合、
それは単に親の希望の反映にすぎません。子供(仮にBくんとしておきます)は、本当は、塾等に行かずに外で遊んでいたいの
ですが、常日頃から、お母さんから「Bちゃんは、ケイオー大好きなのよねー?」と言われてきたら、「あ、そうか。僕は、
外で遊ぶよりもケーオーに入るために塾で勉強したかったんだ」と思い込むようになってしまったのです。

ダブルバインドにしても、ミスティフィケーションにしても、やっかいなのは、外からは、理想の親子関係に見えてしまう事が
多い事です。AくんもBくんも、知らないうちに自分の本来の気持ちを捨て、「よい子」を演じているだけなのです。
しかも、「希望を捨てた」事にも気づかずに・・。

しかし、ここで、こうした対応をした親を一方的に責める事も酷です。なぜなら、親達は、こうした介入が正しいと
教わってきたのですから・・。
子供に、「将来は大企業の社員になれ!」等とあからさまに言うのは、子供の自主性を尊重していないという理由で、
好ましくない対応と言われました。また、ケーオーに入れるために口うるさく「勉強しなさい!」と言おうものなら、
「教育ママ」と批判されてしまいました。
その一方で、学歴社会は歴然と存在するし、将来もそれは変わりそうにもないという状況がありました。別の言い方をすれば、
親達も、世の中からダブルバインドを受けていたのです。

さて、再びダブルバインドやミスティフィケーションを受けた子供達に視点を当てましょう。
こうした子供達にとって、「自分の気持ちに触れる」事はタブーになっていきます。「自分の気持ち」は、親を含む他人からは
認められないし、それに触れる事は危険だからなのです。
彼らは、外見は「いい子」を演じ続けますが、その内面は、平坦な荒涼とした世界になっていきます。
彼らは言います。
「私の世界はきれいです。なんのシミもなく、一点のくもりもなく、道路にごみが落ちている事なんかもありません。
大勢の人はいます。みんなで、何かしゃべっています。でも、私には彼らの声が聞こえないんです。
そして、みんな私がいる事に気づいてくれないんです。
『私は、ここにいるよ!』って叫んでも、だれも振り向いてくれないんです。」

あるクライアントは、そうした世界を「ステンレススチール・ワールド」と名づけました。
それは、「さびもなく、永遠に美しく、しかし、なんの温かみもない世界」なのです。
しかし、彼らのこころは、まだ死んでいるわけではありません。そして、「私は、ここにいるよ!」って叫んでいるのです。
先ほど例にあげたコメデイアンになりたかったA君は、20数年後にうつ病になりセラピーにかかる事になりました。
A君は、自分の母親の事を説明するために、例の「コメディアン事件」をセラピストに話しました。
「小学校1年生の時だったかな?ある日、学校で冗談を言っていたら、友達が大笑いして、『お前将来コメディアンになれるよ』って
言うんですよ。僕は、うれしくってね。家に帰るなり、母親に『おかあさん、僕コメディアンになる!』って言ったんですよ。
そしたら、母親がなんて言ったと思います?『Aをコメディアンにするために育てているんじゃない!』って言って、最後には
泣き出しちゃったんですよ。変な母親でしょ?」
A君(もうA氏ですね)は、ちょっと冗談めかして、この話をしたのです。セラピストを笑わそうとして・・。

でも、セラピストの反応は、予想と違ったものでした。そのセラピストは、じっとA氏の目を見つめ、言いました。
「あなたは、きっといいコメディアンになったと思うわ。だって、あなたは、人を楽しませるのが、とっても上手だもの。」
A氏は、このコメントに唖然として、言葉を失ってしまい、その後、泣き崩れてしまったのです。
「あなたは、人を楽しませるのが、とっても上手だもの」は、A氏が20数年間ずっと待っていた言葉なのです。
セラピストは、「僕はここにいるよ!」って叫んでいるA君に気づいてふりむいたのです。
そして、この一言がA氏の回復のきっかけとなりました。

(おことわり)
本文中のA氏のお話については、ご本人の了承を得て載せています。



(向後善之)

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